アトムの哀しみ
2003年 7月
指圧師 木 村  浩


アトムの哀しみ 

       手塚治虫著「ガラスの地球を救え 21世紀の君たちへ(光文社)」より


 前回に引き続きアトムの話題です。何気なく我が家にあった手塚治虫著の「ガラスの地球を救

え 21世紀の君たちへ(光文社)」という本を読みました。カミサンがたぶん10年くらい前に

買ってきた本です。手塚治虫が急逝してしまったため未完だったものを光文社でまとめ、出版さ

れたものです。手塚治虫さんは1989(平成元)年2月、胃ガンで亡くなりました。もう14

年もたってますが、14年もの時間が経過しているとはとても感じることができません。

メディアは手塚治虫さんが亡くなってからも、度々その作品を取り上げています。見たことはな

いのですが「ブラックジャックによろしく」という手塚作品に影響されたテレビドラマが放映さ

れたり、ロボットの開発のニュースには必ずアトムが引き合いに出されるし、その鉄腕アトムは

2003年6月現在、ストーリーはそのまま!映像のみ新しい形でテレビ放映されています。漫

画やアニメの話題には必ず手塚治虫の名前があがります。それはなにより、手塚作品が表現した

ものが、今という時代そのもの、そしてさらに未来へむけてさえ、普遍性を持ち続けるテーマを

持っている。ということではないかと思います。であるからこそ、少しも古くならず、それゆえ

にそれらの作品に触れる時、手塚治虫さんが亡くなってから14年も経っているとはとても思え

ない、今でも存命して活躍しているような錯覚を感じてしまうのです。

 手塚治虫さんは、その「ガラスの地球を救え」の中で次のように語っています。


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 アトムの哀しみ

 これまでずいぶん未来社会をマンガに描いてきましたが、じつはたいへん迷惑していることが

あります。というのはぼくの代表作と言われる「鉄腕アトム」が、未来の世界は技術革新によっ

て繁栄し、幸福を生むというビジョンを掲げているように思われていることです。

「アトム」はそんなテーマで描いたわけではありません。自然や人間性を置き忘れて、ひたすら

進歩のみをめざして突っ走る科学技術が、どんなに深い亀裂や歪みを社会にもたらし、人間や生

命あるものを無残に傷つけていくかをも描いたつもりです。

 ロボット工学やバイオテクノロジーなど先端の科学技術が暴走すれば、どんなことになるか、

幸せのための技術が人類滅亡の引き金ともなりかねない、いや現になりつつあることをテーマに

しているのです。

 「ネオ・ファウスト」はバイオテクノロジーがテーマですが、遺伝子を人間がいじくりまわし

て、クローン人間や新しい生物を生み出す、いわば悪魔の仕業かもしれぬ領域へ踏み込むことへ

の、ぼくの不安感、拒否反応の表現でもあります。

 どうもその先に見えてくるのは、地球の滅亡のような気がしてなりません。

 怒涛のように滅亡に向かってなだれをうって突き進むさなかに、ノー!と言える人間がいった

い何人存在するでしょう。

 十万馬力の正義の味方「鉄腕アトム」も科学至上主義で描いた作品では決してないことは、よ

く読んでいただければわかることです。 ・・・・・

・・・「鉄腕アトム」で描きたかったのは、一言で言えば、科学と人間のディスコミュニケーシ

ョンということです。

 アトムは、自分で考えることもでき、感情もあるロボットです。アトムが人間らしくなりたい

と、学校に通うところを描きましたが、計算問題は瞬時にできてしまうし、運動能力では比べよ

うもありません。そこでアトムは非常な疎外感を味わうわけです。

 そういう疎外感、哀しみといったものをビルの上に腰掛けているアトムで表したつもりなんで

すが、そういうところは全然注目されず、科学の力という点だけ強調されてしまった。たいへん

残念でなりません。

 ディスコミュニケーションという点では、科学と人間もそうですが、いま地球と人類にそれが

起きている。もっと地球の声に耳を傾けるべきだと思うのです。

 ひょっとすると、今の人類は、進化の方向を間違えてしまったのではないか、もとのままの”

下等”な動物でいたほうが、もっと楽に生きられ、楽に死ねたかもしれない。地球をここまで追

いつめることもなかったでしょう。残忍でウソツキで、嫉妬深く、他人を信用せず、浮気者で派

手好きで、同じ仲間なのに虐殺しあう、醜い動物です。

 しかし、それでもなお、やはり、ぼくは人間がいとおしい。生きる物すべてがいとおしい。ぼ

くたちは間違った道にふみこんできたかもしれないが、あの罪のないたくさんの子どもたちを思

うとき、とても人類の未来をあきらめて放棄することはできません。

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 ずいぶん長い引用になってしまいました。

 また別の著作では次のようにも語っています


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 終始一貫して僕が自分の漫画の中で描こうとしているのは次の大きな主張です。

 『 生命を大事にしよう! 』   ( 手塚治虫 漫画40年 )

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 僕は、科学にはいつもワクワクした気持ちを持ってしまう。でも、たぶん科学が全てを解決し

てくれる日はやってこない。 『 生命を大事にしよう! 』  科学技術が発展すればするほ

どに、「いつも新しく」て、「もっと難しい」テーマであり続けるにちがいありません。

                                     2003年  7月



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