初めての海外旅行のこと
2007年  8月
指圧師 木 村  浩



初めての海外旅行のこと


 今年のお盆休みはどこにも行かなかった。毎年夏には大抵二泊くらいで家族で山に登っ

たりするが、今年は幸いなことに仕事があり、むし暑い東京にいた。

テレビを見ていたら海外旅行に行く大勢の人たちがいた。250万人もの人々が海外で夏

休みを過ごしたのだという。海外旅行にはとても縁がなさそうな人生を送っているけれど

も、実は一度だけ海外に行った事がある。

20年前のこと。南半球のニュージーランドで夏のクリスマスをすごした。小さなテント

と寝袋を持ってレンタカーでキャンプをしながらカミサンと約一週間の旅をした。

初めての海外旅行をニュージーランドに決めたのは、警察官が拳銃を携帯していないほど

の治安のよい国であること、自然が美しい国であると聞いていたからだった。

 生まれた国を離れるということは、誰にとっても感性を刺激される体験にちがいない。

自分達にとっても予想以上に楽しくて気分のよい旅だった。



自然の中で過ごす、ということ


 ニュージーランドでは町から車で少し離れた所にキャンプ場があるのを度々見かけた。

それだけ自然の中で遊ぶということが日常の中に定着しているようだった。

当時キャンプに凝っていたから、ドライブしながら随分キャンプ場を見て回った。そして

旅の途中に3回キャンプ場を利用した。どのキャンプ場でも感じたのは、自然の環境をな

るべくそのままにしておいて、そこで「過ごす」のに最低限の設備だけを整えている、と

いうことで、小さな規模のキャンプ場にもトイレやキッチンやランドリーが質素だけれど

も使いやすく整備されていた。そしてそれらは丁寧に利用されているのがわかった。人工

的な娯楽施設はなく、ただ自然の中で快適に過ごす、ということのセンスとマナーをいた

るところで感じた。

自分のそれまでの経験を振り返って、日本では自然の中で過ごすということが「特別な娯

楽」になっていて、そこで過ごすための配慮ということ以前に、利用する側、提供する側

ともに「遊園地とキャンプ場との区別」がついていないのでは? という疑問をもった。

キャンプ場に発電機を持ち込んで音響機器を鳴らしたり、マージャンをしている人々を見

かけたこともある。当時、アウトドアライフという言葉が流行していたが、そのカタカナ

文化が板についていないように感じた。紅葉狩りや、借景、花見、雪見障子・・・などと

いう言葉からすると、「愛でる」という付き合い方のほうが僕たち日本人には得意なのだ

ろう。などと思った。

 ニュージーランドの旅から帰ってからのキャンプといえば、車で行くことのできない、

自分の足でしか行けない場所ばかり行った。そういうキャンプであれば静かな時間を過ご

すことができた。しかし、もうキャンプにも随分行っていない。アウトドアという言葉も

久しく聞かなくなったし、もう何年もテントを出していない。いつか機会があればまたキ

ャンプに行ってみたいと思うこの頃。



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遠くに行きたい。という気持ち


 サラリーマン時代は旅行に行くのが大きな楽しみだった。しかし、自営業者になってか

らは不思議と旅行に行きたいという気持ちはそれ程大きなものではなくなった。そんな自

分の気持ちの変化を何故だろうかと考えたことがある。


 旅行という言葉には何か軽いイメージを感じる、旅という言葉にはもう少し重みがある

ように感じる。だとすれば、人生は旅行だというよりも、人生は旅である、という表現の

ほうが適切であるに違いない。

言葉の違いはともかくとして、「遠くに行きたい」という欲求が生じる要因の一つには逃

避願望があるだろう。サラリーマン時代はできるだけ遠くに行きたい、という逃避願望が

強かった。今にして思えばニュージーランド旅行もそのことと無関係ではなかった。遠く

に行きたいという気持ちは切実な欲求だったから休暇をそのために費やした。その後「有

給休暇」をもらえない人生を送ることになったけれども、より遠くに行きたい、という切

実な気持ちを感じることもなくなった。


 夏休みに250万人もの人々が海外に出かけていく時代になった。自分の経験だけから

断ずるのもどうかと思うが、単に豊かになったから海外に出かけていくようになった、と

いうだけではないような気がする。日本人は豊かさを手に入れたことと同時に、より大き

なストレスを抱えるようになったのではないか? より遠くに行きたいという「切実な事

情」があるのではないか? 大勢の海外旅行者数はそのことを証明する一つの指標だった

りして?




           でも、たまにはどっかに行きたい     2007年 8月






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