ツイッターがつくる"空気"と"匿名性"のこと




■ ツイッターがつくる時代の空気


 個人としての仕事で生きていこうと思ってからは「こんな自分で良ければ仕事をくださ

い」という思いをこめて、ホームページを作った。そのホームページを更新するツールと

してツイッターを始めた。(Twitter は Facebookなどよりよほど使いやすいシステムだ

と思う)


ホームページはSNSよりもはるかに影響力は低い。ホームページは自分や指圧というもの

に興味を持つ人だけが見に来てくれることが多いが、ツイッターの場合は自分の意図する

対象以外の人々にもホームページに比して、はるかに早いスピードで拡散していく。気の

小さい自分はその事に時々ビビる。


ツイッターが支持されるのは、拡散のスピードと匿名性によるところが大きい。多くの

(ほとんどの)ツイートは匿名である。その匿名性は責任を曖昧にした『お気軽さ』をも

たらす。同時にそのお気軽さゆえに多くの人のホンネがあきらかにされ、そのホンネが時

代の空気を素早く明らかにする。




■ 匿名というお気軽さ


 しかし、自分はツイッターのホンネには十分な観察や検討や悩みもないままの『瞬間的

でお気軽な思いつき』の発言という否定的な側面を強く感じる。

自分の発信するツイートもそんな側面は強い。自分の場合は匿名ではないので、自分の軽

薄さが時にバレバレで、あとから恥ずかしい気持ちになったりする。少しの緊張感はある

のだが、思いつきの勢いで電車内でスマホからパカパカ入力して、ツイートボタンにタッ

チしたらもうあと戻りは出来ない。拡散するスピードはホームページの比ではない。(幸

いにフォロワーが少ないので恥を晒すのは最小限にとどまっている筈である)



自分も含め、個人として生きている方々の多くは、自分を表現することで生きていくのが

仕事だから、匿名でなくはっきりと自分を明示して発信する(ツイッターには自分という

個人を証明した後にシステムを利用する機能がある)方々が多くいる。しかし、多くのツ

イートは匿名者の発言である。(自分は匿名者の発言は知った方以外はほとんど見ない)





 匿名での発言の賛否についてはこれまでさんざん議論されてきたが、時代のスピードは

その議論そのものを置き去りにする。そんな議論はすでに意味がない、とでも言うように。




 匿名であるからこその発言の洪水にはウンザリする事は多い。けれども、都合が良いし、

時代の空気を感じることも多いので、距離を取りつつ、もうしばらく利用させていただこ

うと思っている。






  

   夕焼けがきれいな時、思わず自宅から3分の荒川土手に上がる



                              2019年 5月



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