軍服のシカケ
2005年 2月
指圧師 木 村 浩
軍服のシカケ
先日、運送の仕事を終えて家の近くまで帰ってきたときに、川越街道で自衛隊のトラックの
後ろにつきました。トラックの後ろには迷彩服をきた若い自衛隊員が10人位乗っていました。
その時にふと感じたことです。
彼らには皆、家族や恋人がいるにちがいない。しかし今まさに爆弾を落とそうとしている爆撃
機から地上を見たとき、軍服を着ていればその人々の家族や恋人、生活を想像しにくいにちが
いない。これが民間人の服装であればそういうことも想像したりするのではなかろうか?しか
し一律に軍服であればどうか?銃口を向けるとき、銃口の先にある人間の家族や生活を想像し
てしまっては引き金を引くのにためらいがでるだろう。そういったじゃまな想像力を排除する
ために、軍服というものがあるのではないか?それが軍服のシカケなのではなかろうか?
そんなことを考えてしまいました。
でも今はボタンの発射スイッチを押し、人工衛星で誘導してミサイルを打ち込むのか・・・
そんな想像力はことさらに、はるか遠く及ばないにちがいない・・・
戦争に良いも悪いもないけれども、ボタンや引き金だけで人を殺すことのできる戦争は、人の
想像力を「マヒ」させる。そのマヒは人間性をさらにマヒさせるにちがいない。
みんな、選挙に行こう! 2005年 2月
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