そう、ワタシハクライ
◆立ち話・その1◆
彼は老人ホームで仕事をしている。老人ホームの高齢者の人びとは、寝たきり、痴呆、
パーキンソン、廃用性症候群等々。その場所が高齢者のついのすみかであるから仕方がな
いが、その症状が進行した末に亡くなっていく人びとを多く見る。
彼は二人の子供を育て上げ、人生でやるべきことはほぼやり終えた、という。
「子供も育て終えたし、もう死ぬような病気になっても、ジタバタしたくないな」
「それなら少なくとも、お医者さんにおまかせします、なんてことは不用意に言わないほ
うがいいかもしれませんね。今の医療技術は凄いですから、ご家族に「出来る限りのこと
をしてあげて下さい」なんて言われてしまうこともありますからね。 お医者さんも、訴
えられたらかなわないから、" 出来きる限りのこと " をするでしょうから」
「そうだねえ、延命処置でスパゲッティ状態になりたくないな。でも延命どころか、ノー
ベル賞で話題のIPS細胞を使って悪い所はどこもかしこも、再生医療で治るようになれ
ば、簡単に死ぬようなことにはならないかな。それってつまり、不老不死は夢じゃないよ
ってことなのかな?」
「 ニュースの扱いはそういうことですね。死ななくてすむ時代はもうすぐですって言っ
ているように聞こえます。僕の耳が変なのかな? 再生医療にしても、ロボット工学にし
ても、不老不死に向かって、僕らの知らぬ所でグイグイ進んでいると思います」
「悪いとこは片っ端から再生医療なり、ロボット工学なりを使って正常にもどせば、すべ
て治る? だとすると、生き続けたほうがいいのか、それとも、死んでいく存在でいたほ
うがいいのか? という・・・」
「昔なら、仕方がない、と諦めるしかなかったことが諦めないでよくなった。別な言い方
をすれば、諦めきれなくなった。簡単にはあっちにいかないですむ、もしくは、簡単には
あっちにいけない・・・それが進歩ってことですね。ありがたくて、同時に、ややこしい
時代になったんですね。ムズカシ過ぎる。」
「うーむ・・・」
質問、人間は死すべき存在か?
哲学者でもなく、文学者でもない我々がどうしてそんなことを悩む羽目に・・・・
公園、すっかり落ち葉
◆立ち話・その2◆
彼女は同業者、最近時間が過ぎていくのが凄く早く感じる。子供の頃の時間の過ぎ方と、
全然違う、本当に不思議だ、と話す。
「年を取ると、一週間1ヶ月が本当に早い。ぼやぼやしていると今年が終わってしまう」
「気がついたら、こんな年齢になっちまった、って感じ、この分だと、気がついたら、あ
っちに逝っていた、ってことになりかねない・・・」
「やらなきゃならないことを沢山残してそんなことになっても、困るわね。でも死ぬ時に
痛いのはやだわ。やっぱり、気がついたらあっちに逝っていたっていうのがいいかもね」
「そうですよ、気がついたら、すでに死んだはずの人に会って、「あれっ、あんたは死ん
だはずだが」、「そうだよ、あんたもこっちに来たんだよ、久しぶり」 ってな具合が
いいですね」
「アハハ、それがいいかも」
「夢は、安楽死薬を手に入れて、指圧しながら旅をして楽しく生きていくことです、そろ
そろこのへんでいいかなって思ったら、そのクスリを飲みます、けっこう本気です」
「木村さんって案外暗いわね、、でもそんなことになったら家族が迷惑ね」
「そうなんですよ暗いんです。でも、迷惑でも、先に逝ったもの勝ちではないか
と・・・」
「やっぱり、暗い・・・」
秋晴れ、布団を干した
そう、ワタシはクライ 2012年 11月
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